Nepalese Story ネパールのお話集  不死の実 -上-
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Written only in Japanese. 頁:デザイン Mr.6
1998年4月18日作成 2000年1月24日改訂
------- Stories translated from Nepalese folk tale books. -------
民話のようなたわごとのような

パ〜ルのお話

制作・翻訳 美珠和文化研究会 BISHUWA Culture Committee
題字画 明石六郎 / E-mail oichni06@ingnet.or.jp

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第9話 不死の実 -上-
挿絵 明石六郎

Junelii Saanjha (月影の夕べ) より
1991年6月翻訳 2000年1月掲載

 ネパール西部のある村の、ふたりの兄弟、両親が死んでしまって、伯父の家にひきとられた。
 財産はすべて伯父が相続したので、兄弟はまるで召使いのようにあつかわれた。彼らがしなければならなかったのは牛小屋の掃除、薪集め、それに畑仕事など、とにかくいっさいがっさい。貧しい食事がちょっとばかり与えられ、服もつぎはぎだらけで、新しいものを着るなど考えもおよばなかった。
 こんな風な生活に耐えきれなくなって、弟は家を出てよその国へ行こうと、兄に相談をもちかけた。…ちょうど同じことを考えていたんだ… さっそくふたりですたこらさっさ。
 兄はラメシュワル。そして兄よりちょっとは賢い弟の名前をカンチャという。  ふるさとを遠くはなれた村々を、ふたりは物乞いをしながら巡っていった。  やがて、月日は流れる。
 彼らは相変わらず無職。故郷の伯父も彼らのことはいつの間にか忘れてしまっていた。
 ある日、巡り巡ったすえに兄弟は自分たちの村に着いたのだが、おとぼけふたりは気がつかない。ネパールのつよい陽射しと、空腹と、のどの乾きで疲れきって、ふたりはチョウタラの木の下によこになると、ぐっすりと眠り込んだ。(注1)
 ふたりは同じ夢を見た。こんな夢を。

 知らない男が彼らをかわいそうに思い、こう言った。
「この近くの家に行って食べ物を恵んでもらいなさい。そうするときっと良いことが起こるだろう。」
 それだけで男はどろんと消えた。

 目が覚めて、ふたりはお告げのあった家を訪ねた。施し物を頼むと老人が出てきて食べ物を恵んでくれた。ふたりはその場でがつがつと食べる。その様子が老人の遠い記憶を呼び覚ましたようだ。もしかするとこの若者たちは自分の甥ではないかいな。
 老人はたずねた。 …名前は何か、家はどこか、両親はどうしているのか …と。
 兄弟が答えて、とうとうお互い感激の対面となる。

 その後、老人はかつて自分が相続した財産や田畑などをすべて兄弟に返し、別の家を建ててふたりを住まわせた。こうしてラメシュワルとカンチャは自分たちで生活をおくることができるようになった。懸命に働いたので、田畑からの収穫は増し、生活は楽になり始めた。やがて伯父はラメシュワルを美しい娘と結婚させた。

 ある日、彼らの家にひとりの乞食がやって来て、物乞いをした。ラメシュワルは、以前に自分が体験した苦しみを思い出して心が痛み、それで、充分なだけの米や豆、野菜、バターなどを、お供え用にきれいに盛りつけして出してあげた(注2)。しかし乞食にとっては、食べ物なら何でもおなじだったようだ。もらったものをいっしょくたにして袋にどさっと流し込んでしまった。それを見たラメシュワルはいっそう哀れに思うのだった。 …明日も来るようにな …と送り出した。
 かねてから、弟のカンチャは村にずっと留まっているつもりはなかったので、兄と相談の上、今度は一人で村を後にした。こうして家にはお人好しラメシュワルと彼の妻だけが残った。さてさて…。
 前に来た乞食は毎日物乞いに来るようになって、ラメシュワルには施しの毎日が続いた。このことがほかの乞食にも伝わって、あちこちの村からたくさんの乞食がやって来て、家に群がるようになった。ラメシュワルはすべてに同じように施しをしたので、彼の貯えはみるみるうちになくなっていった。
 こうしてまもなく、ラメシュワルと妻は、自分たちが食べていくのさえ難しくなってきた。

 そんなある日、ひとりの見知らぬ男がやってきて悩みを語った。男は妻を必要としていて、ラメシュワルに嫁を捜してほしいと頼んだのだ。しかしラメシュワルには、その男の妻にふさわしい女性の心当たりがない。どうする? その男の頼みを断ることもできなかったので、ラメシュラルはとうとう自分の妻をその男のために差し出したのだった(注3)
 それからラメシュワルが過ごすのは、たった一人の日々。
 この頃だった。弟のカンチャが少しばかりの稼ぎを持って家へと急いでいたのは。道すがら、村人たちはラメシュワルの様子を逐一カンチャに話して聞かせた。家に着き、兄に会うと、カンチャはお金を渡してこう言った。
「兄さん、これからの毎日は、お祈りとお供えをしてから食事をすることができます。きっとそうしてください。」
 それだけ言うと二三日過ごしただけで、カンチャはまた出かけて行った。
 弟が言ったように、ラメシュワルは毎日のお祈りと施しを欠かさずに暮らしていた。しかし、弟の持ってきたお金も、底をつくまでほんのしばらくだった。とうとう暮らせなくなって、ラメシュワルも家を出ることにした。乞食をすると何とか食べ物を手に入れることはできる。しかし、お供えや施しをして、まだ足りるほどではなかったので、自分は何も食べずに腹をすかせたまま三日も四日も歩き続けた。(注4)

    <注>
  1. チョウタラはネパールの道に作られた休憩所。菩提樹とベンガル菩提樹の二本の木が植えられている。スケッチ参照。
  2. この話には乞食がよくでてくるが、現代日本で考える乞食とは少し違う。ヒンドゥ教では食べ物を恵んでもらいながら宗教的な修行をする習慣がある(日本の仏教にもあった)。この言葉の本来の意味である。この兄弟が乞食をして巡り歩くのも、少なくともたてまえは修行のはずである。また、乞食に食べ物を与えることも宗教上の重要な行いとなっている。
  3. ラメシュワルの行動はずいぶんばかげて見えるが、他人に大切なものを施すのは宗教的に大切なこと。見知らぬ男が相談に来るのも、ラメシュワルの徳の高さが評判になっていたからだろう。なお、妻にとっては迷惑な話だが、女性の人権などという考え方はもちろん無い。宗教的な徳を積む方が重要である。
  4. 弟のことばを、誓いとしてきちんと守っている。なお、お供えと施しには日本語では明確な区別があるが、ここでは同じ単語を使っている。




不死の実 -中-


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