ここは 「まほろば書簡 第10号」
http://www.sikasenbey.or.jp/~jkobi/mahoro10.htm です。
1999年7月25日作成




まほろば書簡 第10号  1990年11月20日発行



”途上国”を途上国にしないために
                              H・T
 ”先進国”は”途上国”から完全に手を引くべきだと思います。
 JOCV奈良県OB会の皆様、関係者の方々お元気ですか。私は今年の5月末に内乱続くリベリア共和国より命からがら逃げ帰ってきた谷口(26才)です。上記の大それた題で何か書かせて頂きます。
 私は先日、学園前の二名で行われたユニセフ関係者による「海外の話を聞く会」に参加しました。ユニセフでは、お金を集めて世界の”恵まれない”子ども達に医薬品を送っているのだそうです。しかし私は、途上国をなくすのにそれは必要ないと思います。その国の環境で生き残れない子ども達は、残念ながら死んでもらうしかありません。体の弱い子どもが生き残っても人口が増えて、食料が不足してしまうだけではないでしょうか。その土地に昔からある薬(薬草等)のみで生き残れる人は本当にそこの自然と共存しており、飢餓や人口問題を起こすことはないと思います。
 この他に、”途上国”自体にとってJOCVなどの存在も疑問です。ぜいたくになれた”先進国”の若者が現地でバイクを乗り回し、ラジカセをガンガンならしていると、現地の一部特権階級の人々が「よし、俺もあれを買おう」ということで公金横領がはげしくなり、貧富の差が大きくなるというものです。私の任地でもこういった場面に会いました。 そしてこれらの見せかけの援助の代わりに、”途上国”を破壊しないでほしい。援助の 一方では実は大企業も入っていて、木材を切りたおし、資源を取りつくし、公害を発生させて国土を破壊しているのです。それから欧米の国々の中には、核廃棄物質をアフリカに捨てる所があります。私がいたリベリアにも、海岸近くにある学校の校庭に数百本のドラム缶が、ある日突然発見されました。何が入っていたのでしょうか。”先進国”は援助していると言って、その何千倍、何万倍ものものを”途上国”からまきあげているのです。


  協力隊に参加して
                               K・U
 ケニアから帰国して、早3ヶ月が過ぎ、今、以前の生活に戻り、以前と同じ仕事をしています。過ぎてしまえば、まったく夢のようで、あんなにいろんあことがあった2年間がまるでうそのように感じられる今日この頃です。しかし、ケニアでの経験は自分の人生に確かに何かを残してくれたように思えます。
 出発前あんなに不安でいっぱいだったケニアの地ですが、一旦行ってみるとすんなりとケニアの生活にとけ込めていけたように思います。これもアフリカの包容力のおかげだと思います。そしてアフリカに対して思い描いていたイメージは以前とはまったく違ったものとなりました。確かに相対的に言って貧しい人々、身体に障害を持った人々など、日本に比べるとケタ違いに多いことは確かです。しかし彼らはいつも明るくまったく屈託がなく生き生きと生きていたのが特に印象深く思い出されます。
 そして日本の豊かさに、疑問を持ちました。ケニアにいた感覚からして、日本が決して豊かだとは思えないからです。そして、途上国が日本のような、先進国になってほしくないということです。しかし、彼らは現在先進国と言われる国々のイメージでしか自国の発展を考えることしかできないように思えました。だからこそ、彼らが本当に幸福になるためにも、ぜひ、彼らの独自の発展の道を歩んでほしい。そこで日本の援助のありかたについてもただ金と物だけでなく環境保全や自然保護といった、先進国の過ちを二度と繰り返すことのない援助のしかたというものが大切なことではないか、これは、ただ物や金だけの援助をほしがる彼らにとってはあまりありがたいことではないかもしれません。しかし長い目で見ると、彼らが幸福に暮らしていける重要な部分の一つだと思えました。
 これからもうアフリカに行く機会などないかもしれません。しかし、心のどこかでアフリカに対する思いを持ち続けていくだろうと思います。そして協力隊に参加できたことで、世界が身近に感じられるようになったのは大きな収穫だったと思います。


  OB会総会
 6月30日(土)に橿原市にて、1990年度の奈良県OB会総会が行われました。OB・OG12人に海外からの研修生5人の参加を得、交流も兼ねての会となりました。
 反田会長より昨年度の事業報告と今年度の事業計画の説明がありました。例年どおり青年海外協力協会との関係で近畿ブロック会議や全国の会への出席、春秋の募集説明会、帰国報告会、奈良県出身隊員の赴任と帰国に合わせての歓送迎会、役員会、講師派遣、会誌発行、任国での活動の様子のパネル作製、研修生との交流といった事業が承認されました。役員については前年度と同じ人が続けてその任に当たることになりました。


  地元企業と協力隊との交流懇談会
 9月26日(水)に奈良ホテル(奈良市)にて、JICA関西支部、奈良県、奈良県OB会主催による、地元企業と青年海外協力隊との交流懇談会が行われました。協力隊事業の理解、県内の企業の協力隊への休職参加制度の拡大、帰国隊員の就職の機会の拡大といった目的があり、各府県ごとにもたれています。OB会からは反田会長以下8人が参加しました。
 映画の後、協力隊事業の現況説明があり、帰国隊員の体験報告と続きました。川西、和田、上田の各OG・OBが短時間ながら個性豊かな報告であり、企業の責任者向けへの言葉だったのが印象に残りました。その後懇親会となり、県内で研修中のJICA研修員のあいさつ、OB・OGの派遣国の言葉でのあいさつや協力隊のイメージソング「地球色の日焼け」の歌などがあり、予定していた時間を越えての会となりました。


  青少年交流フェスティバル
 10月20、21日に県浄化センターファミリー公園(大和郡山市)で県の青少年交流フェスティバルが行われました。20日は展示のパネルを準備した後、前夜祭に参加しました。21日の開会式ではOB・OGが持っている民族衣装を着て行進しました。協力隊の活動や子ども達のパネル、マラウイの子ども達が描いた絵、OB・OGが持ち帰ったおみやげを展示し、協力隊の活動の様子のビデオを放映しました。協力隊々員募集のポスターを掲示し、パンフレットを配りましたので、広く広報できたと思います。見学者からの質問や民族衣装を着たいという要望もあり、なかなかの盛況でした。土曜と日曜だったこともあり、30人近くのOB・OGとその家族の方々の参加がありました。


  編集局より
 協力隊の駒ヶ根訓練所へ協力隊講座の1つの分科会「市民参加型の協力ー民衆参加の協力とはー」に講師として10月9日に行ってきました。OBとしてではなく、NGO(民間の海外協力団体)の活動についての話をしました。私が駒ヶ根で訓練を受けたのは7年前で、当時はNGOから協力隊の隊員候補生に話をするということはなかったように思います。時代の流れとともに海外からの情報も増えたように思います。候補生の人に接する時間が短かったので、私の時と比べてどうだということは分かりません。後から送られてきたレポートを見ても隊員の気質はそれほど変わっていないのではないかと思います。しかし参加する人数が増えただけ、いい悪いは別にして様々な考えが見られるようになったと思います。まあ、参加して異文化を体験する人が増えていくことはいいことです。仲間と生活をしたのは短期間でしたが、思い出の地を訪れるのは懐かしく快いものでした。
 ようやくこぎつけた記念の10号ですが、気になりながら発行に時間がかかってしまい、ご迷惑をかけております。「まほろば書簡」の編集に協力していただける方がありましたら連絡して下さい。



まほろば書簡 目次へ


奈良県青年海外協力協会