ここは 「まほろば書簡 第18号」
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1999年 8月 1日 作成
まほろば書簡 第18号 1995年 2月17日発行
1995年1月17日午前5時46分
兵庫県南部地震が起こりました。時間の経過と共に被害の大きさが分かってきて、阪神大震災と呼ばれているのは、皆様もご存じの事と思います。被災された方々に心よりお見舞い申し上げ、そして一日も早い復興をお祈り申し上げます。
地震が起きた後の1月21、22日の土、日曜に近畿及び愛知県のOB・OG40人が神戸で協力活動をしました。奈良県からは、浜邊さん夫妻、木本さん、鈴木さんが参加されました。大阪港からフェリーで神戸に行く予定でしたが、大混雑のために漁船をチャーターして神戸港に到着しました。神戸市役所で現状の説明を受けた後、港での救援物資の荷下ろし及びトラックへの積み込みなどを行いました。
阪神大震災への援助は、OB・OGそれぞれでさまざまなことをされておられるでしょう。復興には長期にわたる協力が必要です。奈良県OB会としての活動へのご意見やご提案があれば、よろしくお願いします。
彼ら達からのプレゼント
M・O
帰国してはや3カ月が過ぎ、私の任国であったモンゴルについての全体の印象が薄れる中で、逆に鮮明に浮かび上がってくるものがある。
それはやはり、2年間私の生活の最も近くにいた教え子達であり、数人の友人達であったように思う。彼らは皆、数歳から十数歳私より年下であったが、彼らから学んだこと、忘れていた大切なことを思い出させてくれたことはたいへん多くあった。いくつか例を挙げると、言葉や人種が違っても、信頼を得るための努力、また、相手の立場を理解しようとする気持ちを持つことの大切さ。またほかにも、つい十数年前まで日本人には当然のことであったが、例えば家族を大切にすること、年長者を敬うこと、自分より弱い立場のものを、守ること、物を大切に扱うことなどである。これらは人間にとっては本当に基本的なことであり、社会生活を営む上で最も重要なことでありながら、私を含めた日本人が飽食の時代である現在忘れかけている大きな汚点のように思われる。確かに日本は物質的にはモンゴルと比較できないくらい裕福かもしれないが、人々の心の豊かさ、子ども達の目の輝き、お互いを思いやる気持ちなどは彼らの足元にも及ばないと思う。これらのことから、モンゴルにもボランティアに近い言葉がありながら、私たちがボランティアとしてモンゴルまで来ましたと説明してもなかなか理解されず、その時はどうしてだろうと思った。しかし、日本に帰ってきてから改めてモンゴルについて考えたとき、もしかしてボランティアとはモンゴルの人々が日常生活の中でごく当たり前にしていることであるため、我々がボランティアの精神からはずれていると考えられたのかもしれない。
以上のことは帰国してから、特に考えさせられたことで、それらがたぶん日本へ帰る私へのはなむけだったのかもしれない。私が今、上述のことをどれだけ自然体で実行できているか分からないが、今後の私の生き方に彼らがくれたプレゼントを少しでも活かせたらと思う。
マラウイで、そして日本で考えたこと
Y・T
昨年12月、2年間のマラウイでの活動を終えて帰国しました。
帰国してから、よく人に「どうだった?」と聞かれるのですが、これが一番返事に困る質問です。とても一言では言い表せないし、また、日本とマラウイはあまりに違いすぎて、とても想像できないだろうと思うのです。
マラウイの人たちも、もちろん日本のことはほとんど知りません。日本は昔からとても豊かなところであり、日本に行けばすぐにお金持ちになれると、みんな信じています。
この2つの国は、あまりにもお互いのことを知りません。事実、私も協力隊に参加するまで、マラウイという国は聞いたことがありませんでした。
そして協力隊という機会に恵まれて、マラウイに行ったわけですが、マラウイの人たちに対していつも思っていたことがありました。よく言われる「援助慣れ」です。仕事の場でよく感じていました。
私は病院の薬局で働いていたのですが、慢性的な医薬品、医療品不足のため、先進国から援助を受けることが多く、その病院では約60%を援助に頼っていました。マラウイのスタッフは援助の品々をどんどん使っていきます。医薬品においては、次々と高価な抗生物質を使っていました。これほど多くの抗生物質を処方する必要があるだろうかと思い、頭痛に対して抗生物質を処方した人にたずねてみると、抗生物質は何にでも効くからという答えが返ってきました。また、医薬品においては、看護婦さんたちが、おしゃべりしながら注射針を開封し、おしゃべりが終わっていざ患者さんに点滴するという時になって、これは開封してから時間がたった針だからと言って、ごみ箱に捨て、新しいものを開封していました。私が想像していたマラウイの医療現場は、テレビで見ていた難民キャンプのようなものでしたので、おどろくと同時に、少し気がぬけてしまいました。
しかし、医療品が足りないのは事実です。援助の品が入ってきてもすぐになくなってしまいます。スタッフの物の使い方が荒い点について、なぜもっと節約しないのか聞くと、援助されたものをはやく使ってしまわないと、ここでは物が足りていると思われて援助が削減されるということでした。
私は、とにかく薬を正しく使ってもらいたかったし、物を節約してほしかったので、2年間そのことを言い続けました。しかし、マラウイの人々は、わかったわかったと言いながら、なくなったら、また先進国からもらえるのだとという根本的な考え方は変わらなかったような気がします。
援助のあり方は、考え直す必要があるようです。
そして、今、日本に帰ってきた私は、また考えてしまいました。日本の夜は明るく、冬でも室内は汗をかくほど暖房されています。いったいどれほどの電力を、日本人は消費しているのでしょう。必要なだけ最低のエネルギーを使い、夜になったら満点の星空をながめ、美しい湖でくつろぎ、その時々にマーケットにならんでいるものを食べる、などと自然を実感しながら生きることが、日本で可能でしょうか。
無関心と認識不足が、南北問題や環境汚染を解決しないのだと思います。日本人は、自分たちが地球上のエネルギーを他の人たちの分まで過剰に消費しているんだというひとりひとりの自覚が必要ではないでしょうか。
協力隊 30周年
青年海外協力隊が創設されたのは1965年で、1995年の今年が30周年になります。秋の記念式典の他に、4月の記念切手の発行なども予定されています。それにあわせるように、各県でも取り組みを進めようという動きがあります。30周年記念の活動について、ご提案及びご協力をお願いします。
国際協力セミナー
協力隊OB会と国際協力事業団専門家奈良県OB会との協力による、初めての試みとして、「国際協力セミナー 〜国際協力って何ですか〜」が開催されます。内容は、講演とパネル・ディスカッションです。
日時 1995年3月25日(土) 13:30〜16:30
場所 奈良県女性センター(奈良市東向南6 Tel0742-27-2300)
近鉄奈良駅から南へ徒歩2分、JR奈良駅から東へ徒歩15分
*奈良県女性センターには駐車場がありませんので、車でお越しの場合は駅周辺の駐車場をご利用下さい。
編集局より
寒さの中に春の近づきを感じます。留守家族懇談会など、OB会事業への参加をよろしくお願いします。
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奈良県青年海外協力協会