ここは 「まほろば書簡 第4号」
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1999年 6月26日 作成




 まほろば書簡 第4号               1988年6月30日発行



1988年度 OB会総会開かれる

 6月18日(土)に橿原市にてOB会総会が行われました。反田会長以下この1年間に帰国した新OG3人を含め、10人の参加でした。
 反田会長より、昨年度の事業報告と今年度の事業計画の提案がありました。昨年度の主な事業は、近畿ブロック会議(大阪、マレイシア、京都で開催)への出席、京都で行われたジャンボ・アフリカ展(まほろば書簡第3号にて紹介)への参加、役員会、募集説明会、帰国報告会、全国OB会(青年海外協力協会)への出席、帰国隊員住所調査、OB会誌(まほろば書簡)発行、小尾OB著「ピッパルの木陰」出版及び販売協力、国際青年の村(IYY)への協力、ユニセフ募金への協力、といったことが挙げられます。
 今年度の事業で、近畿ブロック会議や青年海外協力協会総会、代表者会議への出席、役員会、春秋年2回の募集説明会、帰国報告会、講師派遣、奈良県出身隊員の赴任と帰国に合わせての歓送迎会、会誌発行、任国での活動の様子のパネル作製といった例年の事業が承認されました。この他に、2年に1度行われている留守家族会が来年の2月に予定されています。また、任期中に病気になり亡くなられた佐久間啓二さん(57年3次 自動車整備 バングラデシュ)の慰霊を行うことを決めました。昨年度より資金面で懸案になっていました発展途上国への子どもたちへの援助「フォスター・ペアレント」制度への参加を進めていきます。今年度より奈良県でも始まった海外からの技術研修員受け入れ事業で4人の外国人が研修を受けていますが、彼らとの交流を考えています。8月4日から8日まで国際青年の村の一行25人が奈良を訪れますが、歓迎会などへの協力依頼が会長よりありました。
 仕事や家庭を持ちながらだとなかなか時間をひねり出すのは大変ですが、今後もOB会へのご協力をお願いします。来年にはもっと多くのOB・OGが集まられることを期待して総会の報告とします。



  ペルー雑感 
                                      M・K
 派遣が決まったとき、正直なところペルーがどこにあるのかを知らなかった。あわてて地図を広げたことを思い出す。スペイン語が使われていることもそのとき初めて知った。アジア、アフリカ、中東、などと言われると漠然としたイメージを浮かべることはできるが、南米となるとまったく空白で、地図を見ながら、
イースター島が近いんだな。」
と見当違いなことを思っただけだった。
 アメリカに近いにもかかわらず、南米についてはあまり知られていない。もしペルーに派遣されなければ、私も南米大陸については何の興味ももたずに見逃してしまっただろう。
 リオのカーニバルに集約される、明るく陽気で開放的なラテンの文化と、「コンドルは飛んでいく」のメロディのような、どこかもの哀しいインカの文化とが、混然として存在している。日本人を含むアジア系移民やドイツ、イタリアなどのヨーロッパ系移民の持ち込んだ文化や、前世紀には首を狩り、人肉を食べていたアマゾン原住民の文化や、バスコダガマが発見した喜望峰で有名なティエラデルフエゴの南の文化などの土着の文化は我々がそれらをどう比較しようとも、答えがあるようでなさそうである。
 全く異質な様々な文化が融和するでもなく、対立するでもなく、墨絵流しの模様のように共存している。南米大陸の魅力はそんな不調和さと多様さにあるのかも知れない。



マレイシアの片田舎での生活
                                 T・T
 見渡す限りオイルパームの緑に、囲まれたマレイシアの入植地。時が、流れていないかのように、南国の青い空の下で、田舎の人々の生活が、営まれています。国土開発公団によって、ジャングルを、開墾して造られた入植地。オイルパーム、ゴム、カカオなどの収穫を主な仕事として、収入を得ている彼らの生活は、決して豊かではありませんが、自然と共に、逞しく生きている姿は、印象的でした。入植地全体が、ひとつの集団生活場のようで、人々の暮らしのつながりは強く、大きな青空の下に住む、大家族という感じがしました。
 その入植地では、私は、入植者の婦人たちに、手工芸を指導してきました。現地配属先の要望では、収入獲得のための手工芸の指導を、ということなのですが、実際入植地に入ると、現地の人々には、全く、そういう意識がないため、どのように教えたらよいのか、ずいぶん困りました。でも、とにかく始めた慣れないマレイ語での教室。ところが、私が、一生懸命教えているのに、下手なマレイ語に、大声で笑うマレイ人。教室に来るのに、裁縫道具を忘れてくるマレイ人。と毎日、毎日、どうしようもないマレイ人と、腹をたててばかりでした。でもいつのまにか私も、マレイ語で冗談を言い、無駄話をし、時には口げんかもして、マレイ人と対等につき合えるなったとき、共に仕事をし、生活をし、共感し合えるものが出来た喜びと、マレイシアに、もうひとつ私の故郷を抱いた感じがしました。いつの日か、また、彼らに出会えることを願って、マレイシアの片田舎での協力活動を終えて、旅立ちました。



ホンデュラス発
                          宮川秀雄
 5月21日に、北部のカリブ海の町ラ・セイバという所でカーニバルが盛大に催され、我々協力隊員も3年ぶりに参加しました。
おはやしの音も威勢よく、御輿担ぎ、踊りまくり、日本人の意気をおおいに示してきました。
 製作及び準備に2カ月、そして現地でのリハーサル、本番と隊員一同一体となり、日本文化の紹介の一助をなし得た喜びは誠に大なるものがあり、私も満足しております。



  編集局より
 OB会誌発行が2年目に入りました。最近は、奈良県出身の隊員が増えました。今後、奈良県でのOB会活動が盛んになっていくことでしょう。
 多くの人の協力でこの第4号も発行できました。これからも、原稿集めにご協力をよろしくお願いします。 



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奈良県青年海外協力協会