ここは 「まほろば書簡 第6号」
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1999年 7月14日 作成
まほろば書簡 第6号 1989年 5月24日発行
留守家族懇談会開催
2月11日に奈良県橿原文化会館で留守家族懇談会が開催されました。来賓として県青少年課、国際協力事業団関西支部、そして東京からの事務局からの参加を得ました。奈良県出身者の派遣中の隊員15名中10留守家族、OB・OG11名が出席し、総数30人となる盛会になりました。
反田会長の進行のもと、午前中は事務局からの事業説明と映画で、留守家族の方々に協力隊についての概要を伝えました。午後は、留守家族やOB・OGの自己紹介に続いて懇談が行われました。
留守家族は父母が多いですから、自分の子どもの様子が気になるようで、任国事情、隊員生活、日本からの荷物の送り方といったことが盛んに質問に出ていました。家族によっては、任国へ行ったばかりでこれからの事の不安、もうすぐ帰国するといった期待が言葉に見られました。留守家族間での助言や情報交換もあり、家族同士のつながりもでき、中身の濃い会になりました。
2年間の協力隊活動を終えて
H・K
私がマレイシア派遣と決まった時に思ったことは、「マレイシアは何処に存在するのだろう。英語で通じるのだろうか?」だったと思う。そして、高校時代に世界地図をひっぱりだしてきて調べたものだった。3ケ月の駒ヶ根での訓練にもたくさんの想い出ができ、友達ができ、私の財産として蓄えられ、12月中旬のマレイシアへの赴任は、日本の冬からマレイシアの夏で、春を通り越したので自分自身なんとも言えない変な感じがし、これは何事か起こるかもしれないと、変に緊張した。
だんだんなれてくるとマレイシアはユニークな国と感じられてきた。マレイ人が約6割、中国系マレイ人が約3割、インド系マレイ人が約1割という複合人種であり、経済は中国系マレイ人が握っており、国はマレイ人が支配しているというのである。そのためか、町にはたくさんのチャイニーズがいて、会社・ショッピングセンター・オートバイ店etc、などは、ほとんどが中国系の経営である。しかし、田舎に行くとほとんど、中国人の顔がみられない。
マレイ人が国を管理しているということで何かと、中国・インド系の人々には風当たりが強いものがあり、その一つを学校教育で私が身近に感じた。それは生徒達の割合が人口構成よりもマレイ人を優先していることである。この始まりとなったのは、ブミプトラ政策(マレイ人など原住民優遇)などであり、中国系パワーを脅威に感じた国側が採った手段だといわれている。でも、そんなことは御構いなく、中国人達は逞しく生きているのである。
マレイシアは今、発展途上国の殻を破り中進国へ、そして先進国の仲間入りには、中国系マレイ人の人々が鍵を握っていると、私は感じている。
この2年間で、多くの人たちと出会い、想い出ができ、多くのことを学んだ事は決して忘れない。将来、私がマレイシアへ行くことがあったら、協力隊時代と比べてなつかしい気がするだろう。そういう日を心待ちにして、帰国したのだった。
帰国して思うこと
W・W
私も今、PNG(パプアニューギニア)での活動を無事終え、日本に帰って来たのですが、日本に帰って協力隊員としてPNGに行ってきました、と挨拶すると、大方の人々は、「それは大変でしたね、でPNGとはアフリカのどこに在る国ですか。」
といった様な返事が返ってきます。
戦争を知っている人たちは、ラバウル基地や山本五十六を初め多くの日本兵が戦死した所です、と言えば分かってもらえますが、やはり協力隊と言えば、私も以前思っていたように、アジア・アフリカのイメージが強く、南太平洋の国々といえば、オーストラリア、ニュージーランド等といった観光客であふれている国々しか思い浮かばないのが実状です。
この印象の薄い国から帰ってきた私としては、PNGのPRをしたくなるのですが、その私も協力隊に参加するまでは、PNGといえば、いまだに石器時代の生活が生きている所、といったイメージしか無く、そのような所にコンピューターなど有るのだろうかという感じでしたのですが、行ってみると独立前の統治国オーストラリアの影響もあって、主な町では物価は高いものの、色々な物が何でも手に入り、生活は不自由するという事は、町の隊員の間ではなかった。
そんな国で感じた事は、我々のと価値観の違いが大きく有るという事で、その中でも特に有名なのは、一番大切なものがブタでそれが最も大事な財産という考えの基に全ての生活が成り立っており、そのよい例がこの国の最高額紙幣にはブタがデザインされているという事です。
この様な価値観の違う国であっても共通したものは、人々の笑顔のすばらしさでした。特に子ども達の笑顔は、今の日本の子どもが忘れてしまったものを持っており、その笑顔から私は多くのものをもらいました。
このすばらしきものをくれた人達、笑顔のすてきな、イカツイ顔の男達、とてもたくましく生きている女の人達ありがとう!
Lukim yu(See you)
ひとこと
年末にネパール教育協力会(民間のボランティア団体)の主催の中高生の「国際協力の現地視察の旅」に同行してネパールに行ってきました。乾期には珍しい雨のために道路状況が悪く、車で行く予定の所を半日かけて歩きました。交通機関が当てにならないというネパールの本当の姿が少しだけ見えました。この徒歩が入ったので日程はきつくなり、中高生には大変だったでしょう。でも半日かけてゆっくり、ヒマラヤや行き交うネパール人から生活の様子がみられたのは望外の収穫だったと思います。
編集局より
新緑のさわやかな季節、いかがお過ごしですか。予定より大幅に遅れて第6号の発行となりました。申し訳ありません。奈良県出身隊員が増え、毎回新OB・OGの帰国、新隊員の赴任がありますので、年に3回発行してできるだけ新しい情報をお伝えしたいと思っております。そのためにも原稿御協力をよろしくお願いします。
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奈良県青年海外協力協会