ここは 「まほろば書簡 第9号」
http://www.sikasenbey.or.jp/~jkobi/mahoro9.htm です。
1999年 7月25日作成
まほろば書簡 第9号 1990年6月30日 発行
コロンビアの子どもたち
A・S
私の任地だったコロンビアは、来たにカリブ海、南へはアンデス山脈、西はアマゾンとバラエティーに富んだ地形でありながらこれといった特徴のある観光資源もなく、まして昨年から米国の麻薬撲滅運動に関わるマフィアと政府の抗争、コカイン、次の密輸先は日本か…というように非常に印象が悪い。
南米旅行のパンフレットにも「コロンビア」の文字はなく、従って任期中に出会った日本人は商社の家族、ほんの少しいる移住者、若者と言えば隊員メンバーぐらいなもので、この2年間高校、大学ぐらいの集団にはまったくお目にかかれなかった。それが帰路変更で寄ったロサンゼルスでは、丁度冬休みの中であったか流行のファッションに身をかためた日本人若者の集団に圧倒され、すっかりカルチャーショックにおちいり恐る恐る成田空港へ着いたわけである。
初めはペースに乗れなかった、電車バスの混雑にもなれ、あまり変わっていない奈良の様子にホッとして2ヶ月。でも気持ちは日本で半年ぐらい過ぎた気がして…これも日本では実に規則正しく事が進むおかげか。午前中は役所で2つの用事を済ませ午後は運転免許の更新へと1日のうちに3つも4つも用事が済ませられてしまう。これがコロンビアだとサインひとつに一日、まあ3日はみとかないと…という調子で日本の1日はコロンビアの3日に相当することになる…浦島太郎が故郷にもどってあっという間におじいさんになったのもなるほどと変な所に発見しているこのごろである。
さて周囲を見渡す余裕がでてくるとつい「コロンビアでは…」と比較して物事を見てしまう。国にはそれぞれの文化、習慣があり「こっちが正しい」など決めるものではないが、帰国以来気になっているのが子どもの表情のちがい。そこから「どちらの国の子どもが幸せなのか」もまだ自分として解答のでない疑問である。
「結婚していますか」「いいえ」「じゃあ子どもは?」
コロンビア人にとって結婚と子どもをつくることは別々の問題らしく「子どもは?」ときかれて「いいえ」と答えると「まあ、かわいそうに」などと言われる。友人宅など訪問すると大家族がニコニコ接待してくれる。小さな子どもたちも人見知りすることなく、屈託なく迎えてくれる。赤ちゃんのころからたくさんの親類家族に囲まれキスされ愛撫され育てられるためか自然に素直に感情を表現する子どもたちである。もちろん家族に囲まれた幸せな子どもばかりではない。家も親もなく、幼くして生活のために働かねばならない子どもたちもたくさんいる。市バスに乗っていると3つぐらいの女の子が乗ってきていきなり歌い始めるのでびっくりするが、そうやってあるいは乗客にガムなどを売ってその日の食事代をかせぐ、しかしこんな子どもたちも、変な同情を寄せつけない表情をしていて、日本の電車の中でみかける青白く疲れた顔でうたた寝している若者よりずっと活気がある。さて物はいっぱいあるけれど、栄養に満ちた食生活はできるけれど、あるいは流行ファッションに身を包んで海外旅行はできるけれど、果たして日本の子どもたちは幸せなのかなぁー。
反田会長、パネリストに
6月8日に県橿原文化会館で、奈良県と奈良県教育委員会主催による同和問題婦人と青年のつどいがありました。その中で「国際社会と人権」のテーマでシンポジウムが行われ、反田会長がパネリストの一人として意見を述べました。短時間のため内容がそれほど深まらなかったのは残念な気がしますが、OB会を代表する形で会長が県主催の人権を考える会に出席したことは、OB会が奈良県内、地域社会で認められてきたことであり、喜ばしいことであります。
国際識字年に思う
事務局長 小尾二郎
今年1990年は国連が決めた国際識字年である。マスコミ、あるいは他の物を通じてこのことが話題にのぼる。以前は文字の読み書きできない人に対して「文盲」という言葉が使われていたが、差別用語だというので、非識字という言葉が使われるようになり、定着しつつある。この場をお借りして、私なりに国際識字年について考えてみる。
国際識字年には2つの問題が考えられるのではないか。1つは非識字者が多い発展途上国への協力。もう1つは国内の非識字者への活動である。ユネスコの統計によると、と言っても発展途上国に住んでおられたOB・OGなら実状をよくご存じだから推計にしかならないのだが、世界には約9億人の非識字者がいるとの事である。男性は5人に1人、女性は3人に1人の割合になる。そしてその多くはアジアに住んでいる。教育はその国が考えるべき問題であるが、金銭的な援助などODAの総額からみれば本当に小さな額だが協力していく政府の動きがある。また、途上国の限られた地域的なものだが、日本のNGOが識字活動への協力をしている例がある。さて、国内だが、政府は国内の非識字者への働きかけは緩慢である。社会的に底辺におかれている人たちに非識字者が存在し、それは夜間中学の実体にみることが出来る。在日朝鮮人、被差別部落出身者、障がい者、中国を初めとする海外からの引揚者、海外からの渡日者、さらには登校拒否(不登校)の子どもたち。そういった人たちのごく一部が夜間中学で学んでいる。そして日本の非識字者は300万人と推定されている。日本での識字活動は夜間中学の他に、被差別部落での識字学級、在日朝鮮人の読み書き教室や地方自治体の公民館での日本語教室などがあるが、学んでいる人はそれを必要としている人数からみると本当に少ないのが現実である。
非識字者が鉄道を利用するときに書いてある文字が読めないために自動券売機で切符を買えないという事がある。こういったことは幾らでもある。社会生活をしていく上で大きな不利益となる。そればかりでなく精神的な抑圧(自分で自分を抑える)も大きくなる。そういった事から解放を国内の識字活動は追求している。途上国の識字活動も同様であるが、もっと身近な、例えば急病の緊急の処置とか飲み水に対する知識といった、自分たちの生命を直接守る事も含んでいる。文字を知らないことによる不利益は先進国も途上国も変わりがない。21世紀までに非識字者をなくそうという国連の計画であるが、そのためには成人の非識字者への教育と非識字者を再生産しないために子どもたちへの教育といった2つのことを同時に進めていかなくてはならないだろう。奈良県内では橿原市に公立の夜間中学を作る動きが具体的になってきた。実現すれば識字年の大きな成果である。
歴史の流れの中で様々な形で人権が考えられてきたが、世界的な識字への取り組みから今後は更に大きな視点で人権を考えるようになっていくであろう。協力隊OB・OGはそんな視点を持っていると私は思うのだが、今後私たちに意見や行動を求められることが強くなっていくのではないだろうか。
発展途上国を知る会
6月23日に奈良市の二名公民館にて、西奈良ユニセフグループによる「発展途上国を知る」会にOB」会から3人が講師として参加しました。協力隊の事、任国の事情などを話しました。30人程の参加者から熱心に質問が続きました。
編集局より
梅雨のさなかに「まほろば書簡 9号」をお届けします。新しい情報をと思うのですが、そうならない時があります。ご勘弁を。原稿と情報提供のご協力をよろしくお願いします。
まほろば書簡 目次へ
奈良県青年海外協力協会