いじめ意見交換の場



No.189<男性・会社員>



学校でイジメられている人に一言
僕は30歳の会社員です。
学校でのいじめについてもう関係ない年ですが、学校でいじめられている人に
一言いいたいと思います。
その前に私についてですが、私は小学校、中学校といじめられていたことはあり
ませんでした。
ちょっとしたいじめはありましたが悩むほどではありませんでした。
でも、いじめられていた人は何人も見てきました。
でも僕はその人を「かわいそうだな」とは思いましたが、助けませんでした。
なぜかというと助けて自分がいじめられるのがいやだったからです。
僕にはそういう勇気はとてもありませんでした。
恐らく「いじめられている人」と「いじめている人」以外の人のほとんどはそう
いう僕みたいな人だと思います。
だから現実にはそういう人が多いんです。
それで、そういう大多数の中の一人の卑怯な僕としての「いじめられている人」
へのアドバイス。
恐らく先生に相談したり、友達に相談したり、親に相談したりしても無駄でしょ
う。
あなたはいじめられ体質だからです。
「いじめられ体質」の人は、一時的に人の力によって解決してもまたいじめられ
ます。
だから、我慢してください。修行だと思って我慢してください。
なぜなら、義務教育だからです。小学校、中学校、あるいは高校はいろんな人が
ひとつのところに集まっている社会だから、
いじめられる人も出てきます。
しかし、人生は80年といわれています。
そのうちですべての人が集まっている社会はせいぜい小学校、中学校、あるいは
高校の18年だけです。
それが終われば自由です。好きなことができるし、ほんとにいやなら違う道がい
くらでもあります。
高校を卒業したら、人生ばら色ですよ。
だって、いやなところにいかなくてもいいし、いやなことはやらなくてもいいん
ですから。
だから、決して自殺なんて考えないでください。本当の人生は社会に出てからが
勝負ですよ。
実社会は実力の世界です。自分に自信があれば認められる社会です。
義務教育とは違います。どれだけ修行をつんできたかがものをいいます。
きっと、いじめられてきた人は強いと思います。
だって、僕のような「のほほん」と生きてきた人よりも地獄を知ってるんだか
ら。たいていのことではへこたれないでしょう。

最後にひとつ統計としていいますが、小学校、中学校での自殺の原因の9割は
「いじめ」ですが、社会人でのそれは、「何か失敗をやらかした。」とか「不正をしてしまった」とかです。
つまり社会では、いかに「打たれずよさ」が重要かということがわかるのではな いでしょうか。

〜意見1〜

(男・学生)
まず初めに、いじめによる自殺のケースというものについて一言言いた
いのですが、身の回りのことを、友人や、親などに頻繁に話したりする子
供の自殺はあり得るでしょうか。むしろ、他の人に自分のことを相談で
きない子供、つまりあなたの勧めるように「我慢」をしてしまう子供こそが 追いつめられて、自殺に至ってしまう子供なのではないでしょうか。例え ば、自分がいじめられていたということを遺書に書いて自殺をしたという子 供の例をよく耳にします。このことは、その子供が他の人に相談できなか ったということを示しているのではないでしょうか。 確かに、回りの人に言っても良い結果はなかなか得られません。しかし、 それは、その事自体が問題なのであって、この様な理由から相談せずに ずっと我慢することを勧めるというのはおかしいのではないでしょうか。 次に、あなたのいじめに対する認識ですが、あなたは、「いじめるひと」 「いじめられるひと」、「それ以外の人」にわけ、いじめは前者二者の間の みでおこるもの、つまり、いじめる者、いじめられる者だけのものであり、 それ以外のひとは、それを「かわいそう」と思いながらも勇気がないために ただ見ているだけで助けられないとしています。 「本当は助けたいが・・・」 「そこに立っているおばあさん(バスの中)に席を譲ってあげたいが・・・」 上の二つの鍵かっこの文の最後の「が」は、自分の利益を第一と考えてい る故に出てくる助詞であると思います。「それ以外の人」は、自分の利益を 損なわない方法を選んでいるだけなのであり、上のかっこ内の言葉のよう な奇麗事は自己満足や自己の正当化のために発せられるだけなのです。 ここで疑問が生じます。「それ以外の人」は助けないだけなのでしょうか。 架空の例について考えてみます。 あるクラスのひとりの生徒が、他の生徒に対して強い影響力をもってい たとします。その生徒があるもう一人の生徒をいじめ始めたとします。他の 生徒はそのいじめの事実を知った後、被害者の生徒にそれまで通り普通 に話しかけることができるでしょうか。「が」を使ってしまう生徒にはそれは 不可能でしょう。敵の味方は敵、自分がターゲットになるかもしれません。 (つまり、自分の利益が損なわれることになってしまいかねない。) 従って、被害者の生徒と、他の生徒との距離が広がっていくことになります。 つまり、避けられるようになっていくのです。この時被害者の生徒は疎外感 を感じ始めます。 疎外感はいじめの中で最もこたえるものであると思います。その疎外感を 感じるに至らしめる過程に関与していないと胸をはって言える「それ以外の 人」はいるのでしょうか。 最後に、あなたの用いた「いじめられ体質」という言葉ですが、良識のある 大人がこの様な場所で使うようなものではないと思います。今いじめられて いる子供があなたの投稿を読んだらどう感じるでしょうか。
No189を読んだいじめに遭っている子へ・・・
誰かに相談してみるのが、今は、一番いい方法だと思います。自分の中にし まっておいても何も解決しません。
中には、いじめに遭うことが恥ずかしいことであると思っている人がいるので はないでしょうか(私が思っていて、誰にも話せなかった)。そういう人に言い たいことがあります。 いじめに遭うことは恥ずかしいことではありません。むしろいじめることが恥 ずかしいことなのです。おじいさんやお父さんにくだらない影響を受ける必要はあ りません。 あと、やむを得ず不登校の状態にある子に一つアドヴァイスをしたいのです が、ただボーッとしているよりも勉強したほうがいいですよ。

〜意見2〜

(40歳・会社員)
No.189男性・会社員の方が書かれている社会人の自殺ですが、一番多いのは高 齢者です。そんなのことも知らないようですね。書かれているような理由で自殺する 社会人は少ない。自殺の理由が「失敗とか不正とか、つまり、打たれずよさ(づよさ が正しい)」なんていい加減です。小中学生の自殺でも、9割がいじめだという数字 はどこから持ってきたのですか。こういう深刻な相談が掲載されている時に、軽率で す。30才のオジサンと学生さんの意見を比べると、ただ年をとればいいというわけ ではないことがよく分かります。学校を卒業したらばら色などと書くなど頭の中がピ ンク色のチラシが詰まっているだけではないのでしょうか。社会人として責任感に欠 けます。

意見1の学生さんの意見賛成です。(ただ長すぎて、少々読みにくいし、架空の例 は、説得力を半減させます。御参考まで)

意見を送る ijime@sikasenbey.or.jp



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